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続:uGUIのDropdownについて

近況 Unity C#

RefreshShownValue呼び出せばOKだった。

uGUIのDropdownについて

プログラマ C# Unity

uGUIのDropdown、何だかどうもアレだなぁ。文字のサイズを変更するだけで全体的なデザインが破綻してしまうし。細々とした部品も全てサイズを再調整しなければならない。

そして何よりきついのが、不安定さ。時々、謎のエラーが発生して動作がおかしくなる。初期値としてvalueに0を代入しても、内部的には選択されてても表示がおかしかったり。ValueChangedのイベント発生タイミングでしか再描画してないんだろうか。

1を代入、その後0を代入、という酷く後ろ向きな対策を取る羽目に。嫌だなぁ……。……しかしここに書いてて気付いたけど、自分で再描画メソッド叩けばいいだけなのかも。あるよね? 調べてみよう。

プログラミングコードの美しさについて

プログラマ

美しいってそもそも?

よく「美しいコード」なんて言葉が出てくる。普通の人には意味がわからなくて、プログラマにはわかる、とされる言葉だ。意味がわからない人には抽象的な言葉に思えるし、わかってる人にとっても誰にでもわかるコードの事と思われたり、見た目の問題と思われたり、コードの根底にある指向の実現度と思われたり、はたまた、或いはその全ての総合的な所と思われたり。

そもそも「美しい」とか「綺麗」なんて言葉が抽象的なので、一般的な人とわかってる人の対比のみならず、わかってる人同士でもその言葉の意味する所に齟齬が出て来たりするのは当たり前と思われる。多分、僕が理解している「美しいコード」は、正しいし、間違ってるのだろう。意味が人によって変わりすぎる。下手をすると、書いている本人にとっても変わってくる事すらあるのだ。数年前にこれ以上無いつもりで綺麗に書いたコードが、今見るとクソみたいに見える、なんてのはよくある話だ。もちろん、多くの人に賞賛される美しいコードというのはある。でも、もしかしたら本人からしたらそれだって駄作なのかも知れないわけでね。

そういう話ではない? 学問的な面を含む記述、若しくは計算の効率度の問題とかであれば、それはもう話が違うんじゃなかろうか。雑談や与太話以上レベルのきちっとした厳密な話をしたいのなら誤解を防ぐためにも「美しいコード」なんて言葉を使うのはやめた方が良いのかも知れない。

それでも目指すべき所

なんて書いても、例えそれが人それぞれであったとしても、「美しいコード」は目指すべき到達点であるのは間違いない。実際の所、「真に美しいコード」というのは到達出来る様に見えて実は到達出来ない目標かも知れない。上述の通り、自分自身ですら意味が変わってくるのだから。

詰まるところ、美しいコードというのは「誰もが感動する音楽」「誰にでも響く言葉」の類じゃないかな、と思ったりもする。目指すべきだけど、実現するかはまた別問題。だけど、誰もが憧れ、夢想する。

或いは、それによって向上心を高めるための装置として用意された言葉なのかも知れない。届かない目標だからこそ、そうしたものとして機能する。

だけどまあ結局、その時の自分が納得出来るコードかどうか、なのかもね。僕もいつか、美しいコードを書けたらいいなぁ。

Apple Music入ってみた

近況

砂金が落ちてゆく

砂金が落ちてゆく

中々いいね。ZUNTATAが入ってないのがちょっと悲しかったけど、小島麻由美が入ってた。気が付いたら新曲を出していて、それも無料でゲット。いい時代になったもんだ。

砂金が落ちていく、とても良いね。しんみりしてて。アルバム中では人気が最低だが……うーん。僕の感性が特殊なんだろうか。

電子タバコ

近況

gigazine.net

僕は電子タバコ吸ってるけど、これはさすがに……無いかなぁ……

サイバーというかサイコというか……特に最後の延長ホース付けた奴……水タバコ吸う地域なら違和感ないかも知れないけど、日本では警察通報待ったなしな気がしてならない。

僕は見た目なんてどうでも良くて、ニコチン摂取出来ればそれでいい、というタイプだけど、警察に捕まりそうなのはちょっと……。

ガンダム追記

近況

僕は別に、皆殺し最高! ってわけではない。

SEED DestinyのキラとかAGEのキオとか、現実が見えてないのが嫌なんだよね。主人公だから結局そいつらの言い分通るんだけどさ。特にキラなんかは「撃ちたくない……撃たせないで」とか言って人のせいにするのがもう最悪。撃ってくる相手も撃たれたから打ち返してるんであってね。お前が勝手に撃たれて死ねよ、それで解決だろ、と。そこまで平和主義貫けたのなら、僕は素直に「おー、よーやるなぁ」と多少なりとも感心したかも知れない。戦場で

「戦うのやめようよ!」

って言いだすのは基本的にご都合主義過ぎてどうも。それを言い出して通じるのには、それに相応しい場があるのであってね。そうでない時に「撃ちたくない!」とか言って駄々こねるのは現実見えてないアホなんだよ、と。そういう場を整えるために戦場以外の所で奔走するか、場が整ってからいけよ、と思う。特にキラはね。何度もキラを引き合いに出してアレだけども。

シャアの逆襲でνガンダムが戦いを止める事が出来たのは、口先だけじゃなくて行動に出たからだ。一見無謀に見えても、それでもどうにかしたい、地球を救いたい、という気持ちがわかる行動だったから、そこに共感があったのだ。サイコフレームという状況の説得力を高める舞台装置もあったしね。「戦いをやめよう!」とか「世界を守りたい!」とか一々のたまう暇があるなら、口より先に行動すべきなのだ。アムロはまさにそれだよね。どうにもならない絶望的な状況だけど、それでも抗いたい、という行動があった。

それに引き替え、キラの場合、手にビームライフル持ったまんま「撃たせないで」はねぇだろう、と。せめて全武装解除してからその台詞は言うべきだし、死にたくないから武装解除は出来ない、じゃあ言う資格がない。相手側だってそうなんだし。キラが武装解除しないなら、死にたくないから先に撃つしかないじゃん。SEED Destinyでキラが正しかったのって、本当に結果論だよね。

しかし、そう考えると00ガンダムの刹那の「戦いたくない」発作に対するグラハムの説教は、なかなか深いものがある様に思えてきた。あのシーンは敢えてやったのかも知れないなぁ。意思疎通が出来ないELSという相手に「俺は戦いに来たわけでは無い」なんて言っても通じないのは当たり前の話だけども。これって、普通の戦争に置き換えても同じだよね。キラとかキオみたいに戦争中に「戦いたくない」とか言っても通じないのは当たり前。彼らは主人公でそういう話だったから、その行動が肯定されてしまったけど。00ガンダムでは、グラハムがすぐに説教して刹那を立て直した。あのシーンって、そういう平和に対する安易で現実の見えていないアホくさい行動全体に対するアンチテーゼだったのではあるまいか。

矛盾を抱えてでも、目的のために行動あるのみ、と。

平和のために戦争する、なんてのが矛盾してるのはガキでもわかる話で、ただそれを指摘するならガキでも出来るよね。大人は矛盾があっても、目的のためならそれを抱えなきゃいけない、ってのがわかってるのだ。